中国官話が官話と呼ばれるのは、
17世紀、
華南に渡来した
宣教師が,土着の言語のほかに官署で話されている公用語があることに気づき、これを
官僚(マンダリン Mandarin)の言語と呼んだことに由来する。当時、官話の規範となったのは
南京の音にもとづく
南京官話であった。
清朝になると
漢民族を征服した
満洲民族が
北京を首都としたため、官話の中心は徐々に北京音をもとにした
北京官話へと移っていった。清代の官話政策は、
雍正期に提議され、
福建省には「正音書院」と呼ばれる官話の音を学ぶ
書院が立てられ、
広東省には民間の粤秀書院などを支援して官話教育を担わせた。また教科書として『正音摂要』『正音咀華』などがつくられている。
中華民国に入ると、国語運動がおこり、官話を国語という名称に変えて共通語とする政策がなされたが、北京官話とか官話といった名称は依然として使われた。
中華人民共和国が成立してからは北京語音を標準音とし、中国官話の語彙をもとにして、共通語である
普通話が作られた。