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「ジョン・タイラー」||株式-master.com [05/22update]

ジョン・タイラー wikipedia|無料辞書

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ジョン・タイラー(John Tyler, 1790年3月29日 - 1862年1月18日)は、アメリカ合衆国の第14代副大統領および第10代大統領。彼は独立宣言署名後に生まれた二人目の大統領、および大統領の死に際して副大統領から昇格した最初の大統領。また所属政党を持たなかった2人の大統領のうちの先の1人(のちのもう1人は17代A.ジョンソン大統領)である。初代ジョージ・ワシントンも無党派を標榜したが実質的には連邦党政権であった。

◆生い立ちおよび政治経歴
ジョン・タイラーは、1790年にジョン・タイラー(1747年 - 1813年)およびメアリー・アーミステッド夫妻の息子としてバージニア州グリーンウェイで生まれた。父親はバージニア州知事(1808年 - 1811年)で、彼は下院議員職後に知事(1825年 - 1827年)として父親の後を継いだ。

◆大統領職
ジョン・タイラーは、大統領選挙からわずか一か月後に肺炎で亡くなったウィリアム・ハリソンから大統領職を継承した。なお、この継承は公式には1967年発効の「合衆国憲法修正25条」まで厳密に認められなかった。「偶然内閣」、「継承内閣」と揶揄されたが、その反発から独断専行し議会と対立。1期4年の間に9回の拒否権を発動した。更に、所属のホイッグ党の政策に従わず、時の党首ヘンリー・クレイらと激しく対立。大統領就任から2か月ほどで党から除名された。これにより彼は「政党を持たざる男」として知られることとなった。タイラーは元民主党員で南部州権論者の信奉者であり、北部を基盤にするホイッグ党の急進的な政策とはしばしば対立していた。ホイッグ党はその後、「タイラー降ろし」の圧力をかけ、閣僚6名中5人を辞職させた。
また、大統領選挙に前後してロード・アイランド州選挙人制度に不満を持つ改革派の不満が爆発し、同年州議会を無視して州民代表会議を招集してトーマス・ドアを知事に選出した、いわゆるが起こった。同州は1941年までには白人男子普通選挙制度を持たない唯一の州となっており、ドアらは白人男子普通選挙制を唱えて武装蜂起したが、反乱が頂点に達した翌1842年4月にタイラーは鎮圧に加勢するための連邦軍派兵を決定、反乱は鎮圧された。43年には穏健改革派によって新州憲法が制定された。
在任中のおそらくもっとも著名な功績は在任末期の1845年3月1日テキサス(当時のテキサス共和国)の併合承認である。これにより同年12月29日テキサスはアメリカ合衆国の一部となった。また1821年に併合されていたフロリダ1945年3月3日に昇格した。

◇内閣